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大阪地方裁判所 平成4年(わ)657号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

一  本件公訴事実は

「被告人は、パチンコ店に設置する回胴式遊技機『リノ』を開発製造販売する株式会社ティエフコンセプトの代表取締役社長であるが、阪本利憲、三俣康則、室屋良行らと共謀の上、何ら権限がないのに

一  平成三年四月下旬ころから同年七月上旬ころまでの間、大阪府箕面市外院二丁目一番二三号所在の前記ティエフコンセプト事務所において、シャープ株式会社が電子応用機械器具等(商品区分第一一類)を指定商品として昭和四八年一二月一二日商標登録を受けている登録番号第一一一一三八七号の「SHARP」(横書)と同一の商標を付した電子部品(Z80CPUコアマイコン)約一万個を右遊技機の主基板に取り付けて販売する目的で所持し

二  別紙販売事実一覧表のとおり、平成三年五月一五日ころから同年一〇月二七日ころまでの間、前後四回にわたり、大阪市此花区四貫島一丁目五番九号パチンコ店「ニコニコ」他三箇所において、右遊技機の販売代理店である株式会社富士通商ほか二社に対し、前記「SHARP」(横書)と同一の商標を付した電子部品(Z80CPUコアマイコン)を取り付けた右遊技機合計六一台を代金合計一五六七万円で販売して譲渡し

もって、右シャープ株式会社の商標権を侵害したものである。」というのである。

二  そこで検討するのに、まず、関係証拠によると、以下のとおりの事実が認められ、これらは、概ね当事者間でも争いがない。

1  被告人は、パチンコ店に設置する回胴式遊技機(いわゆるパチスロ機)を開発製造する株式会社ティエフコンセプトの代表取締役であったものであるが、阪本利憲、三俣康則、室屋良行らと相談の上、同社が開発製造した回胴式遊技機(いわゆるパチスロ機)「リノ」について、回胴式遊技機の技術上の規格につき検定を実施している保安電子通信技術協会(以下「保通協」という。)の検定を受けている同機の本来のプログラムの出玉率などに変更を加えた上、その主基板に、同協会に対して使用を届け出ている汎用CPUの代わりに、ロム内蔵のカスタムCPUを使用して、その内部ロムに変更したプログラムを格納する方法で、同機を保通協の検定基準以上に射倖性の高い、人気の出る商品に改造して販売することを計画し、平成三年四月下旬ころから同年七月上旬ころまでの間に、右目的に沿うカスタムCPUである電子部品(Z80CPUコアマイコン、以下「本件CPU」という。)約一万個を入手して所持し、また、本件CPUをその主基板に装着した同機を別紙販売事実一覧表記載のとおり販売した。

2  本件CPUは、シャープ株式会社の製造販売した複合LSI(ひとつのチップに、汎用CPUであるZ80型CPUの回路、ロム、ユーザーロジック回路等が収められているカスタムIC、Z80コアマイコン)製品番号LZ841707であるところ、これには、製造出荷の段階では、表面に、「IZAC LZ841707」(横書)等の印字が付されていたが、その後、ティエフコンセプトが入手するまでの段階で、何者かによって、この印字部分が改竄され、シャープ株式会社の製造するZ80型汎用CPUの製品番号である「LH0080B」(横書)等の印字及び「SHARP」(横書)の標章が付されていた。

3  シャープ株式会社は、「SHARP」(横書)の表示からなり、指定商品を第一一類「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)、電気材料」とする登録第一一一一三八七号商標(昭和四六年一〇月二〇日出願、昭和五〇年三月一七日登録、昭和六〇年四月二六日存続期間の更新登録。以下、「本件商標」という。)の商標権者であり、かつ、右登録商標と同一の標章につき、指定商品を第二四類「おもちゃ、人形、その他本類に属する商品」とする防護標章(登録年月日昭和六三年一月二〇日。以下、「本件防護標章」という。)を含め、表示(付記)番号1番から31番までの防護標章を登録している。

三  右に認定したところによると、本件CPUに付された標章は、本件商標及び本件防護標章と同一であることが明らかである。しかし、本件において、直接商取引の目的物として流通に置かれ、あるいは置かれることが予定されていたのは、前記ティエフコンセプトの開発製造にかかる回胴式遊技機「リノ」であって、本件CPUは、右「リノ」の部品の一つとしてその主基板に取り付けられて本体である「リノ」に組み込まれ、あるいは組み込まれることが予定されていたに過ぎないものである。

このように、本件商標及び防護標章と同一の標章を付した本件CPUを、直接商取引の目的物とされた本体に組み込んで販売し、あるいは組み込んで販売する目的で所持していたに過ぎない場合に、これがシャープ株式会社の商標権の直接侵害あるいは間接侵害行為を構成する商標の使用行為あるいはその予備的行為といえるか否かについては、商標の持つ商品識別機能の保護という商標権の本質に鑑み、当該部品の性状、組込みの態様、残存する商標の態様及び当該部品を組み込んだ本体商品の取引の態様等を総合的に勘案して個別具体的に判断すべきである。

そこで、以下、この観点に立って考察する。

四  関係証拠によると、以下の事実が認められる。

1  回胴式遊技機「リノ」は、筺体、回胴部分、主基板、電源基板等から構成されており、そのCPUは、「リノ」の筺体内に取り付けられる主基板に、他の電子部品とともに、直接半田付け、または半田付けされたソケットに差し込んで装着される。主基板は、同機の本来のプログラムを格納するロム以外の全部品(CPUを含む)を装着した段階で、日本電動式遊技機工業協同組合(以下「日電協」という。)に持ち込まれ、同組合において、予め各回胴式遊技機製造業者が保通協に届け出て検定に合格しているのと同一のプログラムを書き込んで保管しているロムが装着された後、CPU、ロム、ラムの三種類の部品について、部品から基板にかけて、日電協の支給する封印シールが貼付され、さらに主基板全体を透明あるいは半透明のプラスチックケースで覆った上で、同ケースにも封印シールが貼付される。この封印作業は、回胴式遊技機の製造業者において、これらの部品に細工をするなどして決められた出玉率を変更する等の改造を行うことを防止するためになされるものであり、その際、CPUについても、予め業者が保通協に対して届け出ている互換表に掲げられている部品が使用されているかどうかが検査される(ただし、若干数の抜き取り方式であり、全基板についてではない。)。「リノ」については、主要部品としてシャープ製のZ80型CPU製品番号LH0080B、代替部品としてメーカーの異なる三種類の汎用Z80型CPUが届け出られていた。なお、CPUの封印シールは、部品の中心部を避けて貼付されており、封印された主基板に装着されたCPUの印字部分は、ケースを通してもこれを視認することができる。

2  被告人らは、予め本件CPUを装着した主基板を日電協に持ち込んだり、既に汎用品のCPUが組み込まれていた主基板のCPUを本件CPUに取り替えるなどして、本件CPUを装着した主基板を製造していた。

3  封印シールの貼付された「リノ」の主基板は、ティエフコンセプト系列の販売会社であるニイガタデンシにおいて、遊技機本体とは別に保管され、ニイガタデンシまたは中間の販売業者からエンドユーザーであるパチンコ店に「リノ」が販売された段階で、注文に応じてそれぞれを直接パチンコ店に配送し、販売元において同機を組み立てて設置する。

4  設置完了後、届け出られた封印シールの番号と、実際に設置されている遊技機の基板の封印シールの番号が一致しているかどうかの検査が公安委員会(警察署が実施する)によりなされ、許可(新規の場合)または承認(入れ替えの場合)がなされると営業を開始することができる。

5  主基板は、「リノ」本体とは別に、パチンコ店に備え置く補修部品一式として販売されることがあり、「リノ」が故障し、その原因が主基板にあると考えらえるような場合には、主基板全体が交換される。

五  右事実関係の下では、本件CPUに付されて残存する標章が、本体である「リノ」の商標として用いられていると言えないことは明らかであり、また、本件CPUは、「リノ」に組み込まれることによって、商品としての独立性を失い、これに残存する標章は、商標法上保護されるべき商品識別機能を失なうと認めるべきである。

そうすると、被告人が、本件CPUを「リノ」の部品として組み込んで販売した行為は、本件商標の使用行為に当たらないし、右販売目的でこれを所持した行為もその予備的行為には当たらないと解される。

検察官は、本件CPUは、主基板に取り付けられ、その状態では外部から容易に視認することができること、パチンコ店に販売する際も、主基板は透明のプラスチックで覆われているだけであって、容易に内部を視認できる上、主基板を取り付けた後においても、主基板は本体から取り外すことができ、内部を確認できること、CPUは、パチスロ機の機能を決定付ける最も重要な部品であって、買主としても、その製品に注意を払うことが通常であると思われることなどからすると、本件CPUに付された商標が商標としての機能を失ったと言うことはできないから、本件各公訴事実記載のとおりの被告人の各行為は、いずれもシャープ株式会社の商標権を侵害すると主張する。

しかしながら、本件において直接商取引の目的物として流通に置かれ、あるいは置かれることが予想されていたのは回胴式遊技機「リノ」であることは既に指摘したとおりであるから、本件CPUに付された商標が外部から容易に視認され得るものであるかどうかという点についても、第一次的には、主基板の外観からではなく遊技機「リノ」の外観を基準に判断すべきであるところ、同機の外観上、右商標が容易に視認できると認めるに足りる証拠はない。

また、確かに、右商標は、主基板を覆うプラスチックケースの外部からであれば比較的容易に視認でき、前記四の2に認定したとおり、同機の本体と主基板とは別々に保管され、エンドユーザーであるパチンコ店にも別々に配送された上で組み立てて設置され、取り付け後も取り外して内部を確認できるという事実は認められるが、このような主基板の構造上及び取扱い上の独立性は、単に同機の設計、製造、保守、修理等における製造者、販売者側の便宜を考慮したものに止まることが窺われ、それ以上に、本件遊技機の販売取引において、購入者にとって重要な意味を有していたと認めるに足りる証拠はないというべきところ、さらにその主基板に一部品として装着された本件CPUについてはなおさらである。

この点、検察官は、CPUは、パチスロ機の機能を決定付ける最も重要な部品であって、買主としても、その製品に注意を払うことが通常であるとも主張するが、関係証拠によると、本件のような回胴式遊技機の場合、購入者が着目しているのは遊技機本体の機能であると認められ、買主が本体の機能のみならず、その主基板に装着されたCPU自体に注意を払っていたと認めるべき証拠はない。また、そもそも回胴式遊技機において、本体の機能を決定付けるのはプログラム(ソフトウェア)であって、「リノ」においても、本来のCPUは、Z80型の汎用品であれば、製造メーカーの異なるものでも何ら差し支えなかったことは前記認定のとおりであるから、本体の機能に着目する買主が、それゆえにCPUに着目するという関係にはなく、買主がCPUに注意を払うことが通常であるとも言えない。

六  以上のとおりであるから、被告人が本件CPUを「リノ」の部品として組み込んで販売した行為及び右販売行為をなす目的で本件CPUを所持した行為は、いずれも商標権侵害行為に当たらないと解するのが相当である。よって、刑事訴訟法三三六条前段により、被告人に対し無罪を言い渡すこととし、主文のとおり判決する。

(別紙)販売事実一覧表

〈省略〉

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